今日は両親と姉と共に4人で、母方の祖母のお見舞いに茨城は小美玉市の病院まで行く日だ。
都内住まいの姉は、風邪気味の旦那様(笑)と2歳半のお坊ちゃまにお留守番してもらって、9:30ごろ実家に合流。軽くお茶をし、妊婦のママと息子はおうちでお留守番、パパの運転で、いざ出発!
今日行くのは祖母の入院する病院と、母の弟…つまりパパの叔父の自宅にお邪魔する予定だ。まずは病院に向かう。ママの実家は茨城県牛久市。今日向かう小美玉市は、うちから牛久に向かう距離のだいたい2倍ほど。遠いなあ~。そして、パパが祖母に会うのも実に14年ぶり。もともと同じ市内に一人暮らししていた祖母だが、叔父が小美玉に新居を構え、祖母が体調を崩してからは、祖母も叔父の家に引越して面倒を看てもらっていた。が、83歳という年齢のせいか、今回肺に水が溜まってしまったようで、一時は医者からも危険と言われて今回家族みんなで見舞いに行く次第だった。
10時ごろ家に出て、小美玉の病院に着いたのは12時くらいだった。いやはや遠かった…。病院の駐車場に着いた時点で、ママに安着のメール。ママと息子も家の近くの公園に遊びに行ってるよ、と写真付きで。
いざ、祖母の病室に。そこは4人用の相部屋。祖母はベッドに横になって目は覚めていた。久々に見た祖母は当然だがしわが凄く増えていた。けど、言われていたより全然顔色もいいし、もごもごな口調ではあるものの、軽くジョークを飛ばすような余裕もあったし、非常食でもちゃんと全部きれいに食べるし、とても危険な状態には見えない。ただ、パパは孫の中でも遅め生まれだったせいか、祖母の中では存在感が薄かったのか、忘れられてました(T_T) 姉は一番最初の孫だし、孫の中で唯一の女性だから覚えてたみたいだけど、パパは姉の旦那だと思われてたみたいだし。がっくし。まあ、しょうがないけどね…。パパが10歳くらいの時に亡くなった祖母の長男、パパの伯父の二人息子の子供たち、姉の坊ちゃまとパパの息子、つまり祖母のひ孫たちの写真を見せてあげたりもした。とても嬉しそうで目が潤んだような表情で写真に見入ってた。けど、そのあとで姉に「結婚したのか?」とか「子供いるのか?」とか聞いてたから、少し経過すると忘れちゃうんだろうけど。しょうがないよね…。(^^;)
あまり長居しても申し訳ないので、「また来るね」と言い残して退散。去り際に祖母が言った、「皆、仲良くするんだよ」のメッセージが非常に印象深い…。不謹慎で両親などには言えなかったが、あれが祖母の最後の言葉になってしまうんじゃないかと勘ぐってしまい、なんだか涙が出そうなくらい、とても悲しい気持ちになってしまった…。でも大丈夫、まだばあちゃん頑張れるさ。
病院を出たあとは昼飯。叔父の自宅に向かう途中にスーパーがあったので、そこで弁当を買ってレンジで温め、車の中で食す。仕方ないとはいえ、寂しい昼飯~。
食い終わったあとは叔父の自宅に向かい、到着。叔父の自宅も、14年前の新築祝いの時に1回来たっきりでかなり久々。肝心の叔父は釣りに出かけてしまっていて不在。俺らが来るのわかってたんだから、そういう日くらい家に居ろよな…。叔父の奥さんと、23歳の叔父の長男=パパの従弟が我々をお出迎え。お茶をご馳走になって祖母の話などをして閑談し、小一時間経過したところでお暇。ここからまた2時間運転だ、きっつぅ~~。
2時間経過し、16時前くらいに自宅に到着。ママと息子はお昼寝中でした。
ともあれ、14年ぶりに祖母にも対面でき、本当に良かった。変な話、今生の別れになる前にもう一度顔を見ることができ、ひとつ胸のつかえが取れた気分でもある。もっと近くに祖父母が住む人は、普段あまり会っていないようなら、もっと会うようにして欲しいと思った。その祖父母や両親あっての自分なのだから。
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